
ジェンダー・ギャップ革命
第7章 愛慾という桎梏
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手洗いへ向かったきり戻ってこなくなったえれんを探して、愛津が事務所の周辺を見て回ると、手洗い場とは真逆の隅に彼女はいた。
何もない一点を見つめていた彼女が思案に耽っている可能性は、考えなかった。感情の読めない顔に思いつめた気色があるのは確かで、時折、泣いたあとのような目をじっと閉じては深呼吸する。
「神倉さん」
愛津に気付くと、えれんに決まりの悪そうな笑顔が貼りついた。
えれんが肩身狭い思いをする謂れはない。彼女を指していたかも未確定だが、誹謗中傷という恥ずべき行為をしたのは川名達である。
「もしかして、気にされています?」
「何のこと?……仕事、抜けてごめんね。ちょっと疲れが溜まっていて」
「神倉さん、繊細ですし。あの動画は、酷かったです。神倉さんのことでは、ないでしょうけど」
「分かってる。私はあんなに不細工じゃないし、非婚者でもない。格好つかないことだけど、男相手にバツイチよ」
「生きるために仕方なかったんでしょ。皆、そう言ってます」
愛津が語気を強めると、えれんをとりまく空気が変わった。張りつめていたものが僅かにたゆんだのは、その表情からも窺えた。
「攻撃や陰口なんて、慣れてる。有名税だわ」
「じゃあ、気にされること……いや、有名税だって、許しちゃいけないですけど」
「私は、ああいう人間が意見を言って、一定数それを支持するような人達がいることに問題を感じる。情けない話、ああいう言葉を耳にすると、生きているのも……面倒になるわ」
「…………」
