テキストサイズ

左手薬指にkiss

第2章 籠の鍵の行方


 鍵を回す。
 ガチャン。
 この音が類沢先生から類沢雅にしてくれるスイッチのように思える。
ーせんせぇ、熱あるみたいなんだけどー
ー類沢せんせっ。週末空いてる?ー
ーなんでダメなの! ねえ! せんせ~聞いてる?ー
 けど可笑しいよね。
 思い出すのは教師というよりただの男にかける言葉ばかりなんだから。
 仁野有紗。
 彼女のような生徒が後を絶たない。
 あの告白を思い出す前に靴を脱いでリビングに向かう。
「ただいま……」
 電気を点ける。
「瑞希?」
 靴はあったのに姿がない。
 まだ七時だから寝てるはずはないんだけど。
 とりあえず水でも飲もうとキッチンに向かいかけた時だった。
「……ん、む。んん……っ」
 寝室からくぐもった声が聞こえて足が止まる。
「ふ……っ、んく」
 足の向きを変える。
 何故だろう。
 早く確認しなければと思うのに、緩慢にしか体が動かない。
 ナニかを恐れているようで。
 声に近づいていく。
 寝室も真っ暗だ。
 カーテンも締め切っているせいで闇に等しい。
「んー……っ」
 間違いなく瑞希の声。
 ギシ。
 ベッドの上でのたうつような音。
 ああ。
 厭だな。
 スイッチ。
 テスト。
 理性。
 ギリギリで留めてる。
 パチン。
 明るくなった部屋で、瑞希が見えた。

 手錠に繋がれ、猿轡をして涙目で横たわる瑞希が。

 一瞬視界が暗くなる。
 フラッシュバックのようにあの日の倉庫で倒れていた瑞希が重なる。
 口を押さえてもう一度瑞希を見る。
 膝を立て脚を擦り合わせてもがく肢体と、鼻から抜ける甘い声。
 一体なんで。
 そんな疑問が殺される。
 気づけばベッドに脚をかけて瑞希を見下ろしていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ