テキストサイズ

幸せな報復

第20章 夏が終わって

――性犯罪者に仕立て上げてまで彼を繋ぎとめる? 一生、あなたの命令に従わせるつもり? それって……愛って呼べるの? それとも、ただの支配欲?――

 脳裏に響くエルザの声に、恵美は思わず息を呑んだ。

(なにそれ……あなたが言うの? あの淫らで、衝動的で、恥知らずなエルザが……)

――フフ、そう思ってたんだ。わたしのことを。
 でもね、もしかすると“淫乱”なんて、あなたが私に押し付けたラベルだったのかもしれないわよ?
 だって……あなたがそれを怖がってたから。

(違う……わたしは……!)

――いいえ、同じ。わたしはあなた。
 性なんて、生物としてのただの衝動。だけど人間には理性ってやつがあるんでしょう?
 じゃあ聞くけど――あなたは、本当に浩志くんを“好き”なの?

 その問いに、恵美は返答できなかった。

 この夏、彼女はいつの間にか、勘太郎への怒りも忘れかけていた。代わりに、浩志の存在が頭から離れない。別に恋に落ちたわけじゃない――そう思いたかった。だがそれなら、なぜ目を閉じれば彼の声や表情まで、こんなに鮮やかに思い出されるのか。

 心のどこかで知っていた。
 あの痴漢の瞬間、身体の奥で反応したのは、トラウマでもエルザの仕業でもない。明らかに“自分”だった。

(あれは……あの瞬間から、変わってしまった。わたしの中の何かが……)

 エルザは、もともと彼女の防衛本能が作り出した人格だった。耐えきれない身体の変化、心のざわめき、誰にも打ち明けられない羞恥。それらを“自分じゃない”と切り離すために――恵美は自らの中にエルザを“追放”した。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ