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89　女の勘…

「もしもし…」
『あ、ごめんなさい、わたしです…真実です…』
「あ、うん…」
『電話、大丈夫？』
「うん…」

　僕がなかなか電話に出なかったからそう訊いてきたのであろうが、本当は、今夜の僕には最悪のタイミングの電話着信といえたのである…
　だが、さすがに、その事は言える筈がなかった。

「ちょっと今、友達の家に居て…」
　咄嗟に嘘を付く。

『あら、そうなんだ、ごめんなさい…
　ただ、わたし、なんとなく和哉の声が…聞きたくなってぇ…』

「うん、大丈夫だよ…」
　本来ならば嬉しい言葉ではあるのだが、今夜に限ってはその言葉に罪悪感を感じてしまう…

『夜の熱海の海風に当たってたら、急に和哉の事が浮かんじゃってぇ…
　つい、電話しちゃったの…』

　いつにない真実からの甘い言葉であった…

　その彼女の言葉からなんとなくだが、不思議さと、違和感を感じてしまう。

　まさかな…
　いつにないそんな甘い言葉を云ってくる彼女に対して
　本当に盗聴器でも仕掛けてあるんじゃないのか…
　と、一瞬だが、そうに思ってしまったのだ。

　まさか、そんなバカな…

　そう、それはそんなバカな思いであるのだ。
　だけと、そう思ってしまえる程のタイミングの着信であったといえたのである。

『なんとなく…
　急に、胸がザワザワしてきてぇ…』

　いわゆる、女の勘ってヤツなのか…
　それは否定できない。

　それ程の絶妙なタイミングであったから…

「そ、そうなんだ…」
『うん…、でもぉ、きっとぉ、ママと久しぶりに旅行なんか来ちゃったせいかもぉ…』
「え…」
『なんかぁ、やっぱりぃ、和哉と来たかったなぁって考えたら、急にザワザワしてきちゃてぇ…』
　
　今度は、いや、今夜に限っては、こんな真実の甘い言葉と声が、僕の心をザワザワと騒つかせてきたのである…