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会社での出来事

第2章 2

ずるい……。本能的に詰ってしまう。この感情をぶちまけたら彼は私から離れる。

優しい彼のことだ、言い触らさないで私から距離を取ろうとする。きっと、彼は私から離れてしまう。

もう、笑いかけてくれなくなる。

もう、話しかけてくれなくなる。

そんなこと、耐えられない。それなのに、この人は、私の心を見透かそうと甘く囁いてくる。

オネダリ、させようとしてくる。

彼は、私の目を見て少し慌てた。あれ? 目から熱いものが込み上げてくる。

「もしかして……会社ではいいづらいか、ごめん、今日、夜開けといて、飯でも食いながら話聞くよ」

彼はそう言ってまた微笑む、やめて、今はその笑顔、見たくない。この感情を受け入れてもらえるんじゃないかって甘い期待をしてしまう。目を逸らし、私は無言で頷いた。

彼は腕を離し、何を思ったのか周りを確認すると私を抱き寄せてきた。

息を飲みそうになる。ふわりと香る洗剤の香り。甘い香りは奥様の趣味なのか。

「こんなこと、特別な後輩にしかしないから 」

耳元で素早く囁かれる。妄想とは違う、少し低めの声。トクベツ……?? 思考が追いつかない、数秒のハグなのに、数分間に感じられるほど、私の時は止まっていた。

彼は離れると、私の髪をそっと撫で、踵を返してそのまま、去っていった。

いつの間にか手の中には紙切れが握らされており、私はそれを開くと、メッセージアプリの連絡先が書かれていた。

理解が追いつかない。

え? 今、私抱きしめられたよね???

特別とか言われたよね???

え? え? え?

混乱状態の私。でも、時間はそれを許してくれない。そのことを思い出し、私は目的を忘れてオフィスに戻った。

もちろん、下は洪水状態のままで……。

デスクに戻り、PCの画面と向き合う。でも、まだ、ぼんやりとした感覚。抱きしめられた感覚が未だに残っていた。

「優子ー?どーしたの?? 」

ボケーッと座ってる私を見て、美鶴が心配そうに声をかけてきた。私は人生史上、作り笑顔で

「なんでもないよ」

と返すことしか出来なかった。

掌に残る紙切れ。本当はダメだけど、引き出しの中に忍ばせたスマホを取り出した。

メッセージアプリを机の下で起動させて、彼の連絡先を素早く叩き込む。

ぽっちゃりとした黒猫の写真のアイコンに、Kの一文字の名前。すぐに先輩だと分かった。

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