
メランコリック・ウォール
第52章 巡
キョウちゃんとホテルをチャックアウトしたはずの日から、丸一日以上が経っていた。
朝、ホテルで出血があり、最寄りの病院へ搬送された。
そのまま一泊し、さらにその翌朝飛行機に乗ったらしかった。
そしてここは、エコー写真をもらったあのクマさん先生がいる産婦人科病院だ。
「あ…赤ちゃんは…っ――?」
マサエさんが言葉に詰まったその時、ガラッとドアが開いた。
「…アキっ?!」
目の覚めた私の手を握り、キョウちゃんが何度も名前を呼んだ。
「大丈夫か?!」
「ん…。あの…赤ちゃん……」
そこまで言うと、マサエさんはキョウちゃんの背中にそっと触れてから「ジュースでも買ってくるわね」と出ていった。
「いなく…なっちゃったんだね……」
言葉はなくとも、そう察する。
キョウちゃんは私の手をさらに強く、両手で握った。
「アキ…」
窓の外で、大きな風が吹いた。
びゅうっと音を立てて、木の葉が舞っていった。
…
「アキさ~ん♪体調どう?お腹いたいとか、ない?」
翌日、クマさん先生が病室までやって来た。
この日からクマさん先生は私のことを「椎名さん」と呼ばなくなった。キョウちゃんから私たちの関係を話したのかもしれないな、と思った。
「痛くないです。」
「うんうん、良かった。ちょお~っとだけ、お話…いいかな?」
先生は丸椅子に座り、ゆっくりと話し始めた。
流産の原因はハッキリとは分からない事。
誰にでも、突然起こりうる事。
不自然でもなんでもない、一定数おこってしまう事。
妊娠に気付かないまま、流産を生理として受け取るケースも多い事。
「だからね。大抵の流産は、誰も悪くないわけ。それに、妊娠が確定したあの日から、結構楽しかったでしょう?赤ちゃんいるんだな~♪って」
「…はい。とても…」
「うんうん。アキさんね、また自然妊娠できるからね。心も体も準備OKになったら、赤ちゃんまた来てくれるからね!」
