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仮面舞踏祭~カーニバルの夜に~

第2章 白羽根仮面の男

―まさか、こんなこところで?
 友里奈はしなやかな鞭で頬をぴしりと打たれたような心地がした。
 確かに周囲の人々は皆、カーニバルの雰囲気に酔いしれて、黄金のカボチャ馬車だけに注意を注いでいる。だが、幾ら何でも、この人混みで身体を重ねるのは土台、無理な話だ。
 大体、まともな人間の思考ではない。
「なあ、こういう人が大勢いる場所でやるって、何か良くないか? ―っていうか、余計に興奮しない?」
 男の何かに憑かれたような愉悦に満ちた声に、友里奈は寒気がした。良い加減な男だとはつくづく思い知らされていたけれど、まさか、自分たちの情事を他人に見せて歓ぶ異常な性癖があるとまでは思いもしなかった。
 つくづく、愛想が尽きる。
 ふいに唇がほんの一時、離れた。
「あなたが嘘つきなだけでなく、変態だとは知らなかったわね」
 友里奈の侮蔑に満ちた言葉すら耳に届かないのか、伸吾は彼女の太腿を夢中でなで回している。
 以前なら、たったこれだけの愛撫ともいえない愛撫で友里奈の身体は、彼に触れられる歓びと次にやってくるであろう官能の訪れへの期待がさざ波のように一挙に押し寄せていた。
 友里奈だけではない、この男は自分が女たちに及ぼすことのできる影響を嫌になるくらい知っている。だからこそ、それを利用して多くの女たちの間を巧みに泳ぎ回ってきたのだ。一度剝がれ落ちてしまえば、金メッキを塗っただけの偶像は、ただのつまらない軽薄な男でしかなかった。
 こんな中身のない男のどこに、友里奈だけでなく、多くの女たちが惹かれたのか、今となっては判らない。
 なのに、自分でも信じられないことに、友里は何も感じなかった。彼女の身体に、これまで当然のように彼が触れることによってもたらされていた変化は少しも起きなかった。 彼はますます友里奈に身体を押しつけ、欲望と興奮を示す高ぶりは固く張りつめつつある。伸吾の吐く息が荒くなった。 
 皮肉なものだと思わずにはいられなかった。つまらないと思うような女でも、いざ失うとなれば急に惜しくなったのか、それとも、伸吾の心に急な変化でも起きたのか。

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