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仮面舞踏祭~カーニバルの夜に~

第2章 白羽根仮面の男

 彼女の左手をしっかりと掴んでいたのは金髪男ではなかった。身の丈は同じくらいあるけれど、漆黒の髪、東洋人特有の黄色みの強い肌。どう見ても東洋系の男だ。
 長めの前髪が少し額にかかっているのを鬱陶しげに払う仕草もサマになっている。鳥の白い羽でこしらえた仮面がよく似合い、ほどよく引き締まった体躯を趣味の良い淡いピンクのシャツと濃紺のベスト・パンツが包んでいる。
 日本を遠く離れた異国の仮面舞踏祭の夜、颯爽と現れた男。あたかもドラマか映画のワンシーンのようにも思えた。
 刹那、友里奈たちの周囲からひときわ大きな歓声とどよめきがわき起こった。友里奈は掴まれた手はそのままに伸び上がるようにして前方を見つめる。
 いよいよ黄金のカボチャが眼の前を通る。通りを挟んだ向かい側の最前列に陣取る若い恋人たちは情熱的なキスを交わし、至るところで似たような熱い抱擁と接吻が繰り返される。
 友里奈はそれらを横目で見つつ、ふつうなら他の人にも聞こえるでろあうほど大きな声で言った。
「内藤伸吾、内藤伸吾-」
 憎らしいのに忘れられない男の名前を九度まで唱えた時、友里奈の手を掴んだ男が信じられないほどの力で彼女を引っ張った。大の男と女の力では所詮、比べものにはならない。
 友里奈は渾身の力で抗ったけれど、抵抗はすぐに力でねじ伏せられた。
「何をするの!」
 相手が東洋系であることは判ったが、日本人とは限らない。が、この際、そんなことはどうでも良かった。ここで伸吾の名前を唱えられなかったら、わざわざヨーロッパくんだりまで来た甲斐がない。
 男は更友里奈私の手を引っ張り、彼女は彼の逞しい胸にまともに顔を押しつける体勢になる。
「何を考えてるの? こんなことをして」
 友里奈が憤慨して叫ぶのと、男がおもむろに仮面を外すのは殆ど時を同じくしていた。
「-!!」
 友里奈は言葉を失い、惚けたように男を見上げた。何で、この男を忘れるためにわざわざヨーロッパの小さな町まで来たというのに、そこに当の男がいるのだろう?
 そのときの友里奈はさぞかし間抜けに見えたに違ない。

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