テキストサイズ

進入禁止

第2章 捨てた恋

 大人の女に余裕のなさは禁物だ。
 朝は家を出る2時間前には起き、しっかりと朝ご飯を食べ、化粧はもちろん念入りにする。服を着てからも何度も鏡で見た目をチェックし、余裕を持って家を出る。
 「綺麗」だとか、「大人っぽい」だとか、そんなものは作れる。努力さえすれば。私はその努力を怠らないしいつだって人前にいる時はパーフェクトな自分を演じている。
 親友や幼馴染に「疲れない?」と聞かれる。でも私にとっては叶わない恋や思い通りにならないものの方がエネルギーを使う。努力で全てが自分の思い通りになるならば、その方が断然楽なのだ。

「あ、柴崎さんおはよう」
「おはよう」

 昨日で新入社員の研修が終わり、今日から私は本社勤務になった。同期の男たちににこやかに挨拶をしながらエレベーターに乗る。もちろん緊張はしている。ただ、感情が表に出にくいだけで。

「まさか柴崎さんと同じ部署になれるなんて。よろしくね」
「こちらこそ」

 この人、同期でよく顔は見たけれど名前は覚えてないな。そんな人はたくさんいる。自分で言うのは何だけど、私は同期の間で結構有名だった。
 けれど、直後にこの八年間蓋をし続けてきた心の奥の奥、一番深いところの感情を揺さぶられることになるのだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ