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進入禁止

第1章 プロローグ

「あ……」

 いつもみたいに部屋のドアをノックもなしに開けて、途端に気まずい空気が流れたのが分かった。心臓が痛いくらいに動いて身動きできない。
 ヤスくんが、ヤスくんの大きな手が、知らない女の人の頬に伸びていた。いつも私の頭を撫でてくれる、いつも私の手を包み込んでくれる、大好きな手が。
 ヤスくんは気まずそうに私を見て、女の人は鋭い目付きで私を睨み付けた。私はここに来ちゃダメだったんだって、すぐに分かった。

「唯香」

 何も言えない私にヤスくんは話し掛ける。聞きたくない。聞きたくない。

「悪いけど……」
「ごめんなさい」

 ヤスくんが次の言葉を言う前に逃げた。子どもだけど、ここで聞くのはいい言葉じゃないってすぐに分かる。急いでヤスくんの部屋のドアを閉めた。目の前に広がるのは昔から何度も通った見慣れた光景なのに。二度と私のためには開いてくれない高い高い壁みたいに見えた。

「ちゃんともう来るなって言っといて。じゃないと別れるから」
「……うん」

 部屋の中から彼女の声が聞こえた。私はその場から逃げ出して、もう二度とそこには行かなかった。

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