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蜃気楼の女

第8章 蜃気楼へのゲート

 ナルミの運転するジムニーの助手席に座った安田は、真っ暗な国道を空港からナルミの言う目的地に向けて走っていた。街灯もない闇の中を走る。一体どこを走っているのか見当が付かない。車のヘッドライトが赤い土の道路を照らす。
「随分、街から離れたところに事務所があるのだね? 」
 び薬の効果が効いていて、うつろな目をした安田は前方を見るナルミの横顔を見た。空港から既に1時間は走っている。スピードメーターの針は時速80キロを指していた。走ってくる車に30分はすれ違っていない。
「きょう、行くところは、秘密の場所よ。とても静かで自然がたくさん、あって、あなたもきっと気に入ると思うわ。文明や科学など、何もない自然の環境で、古代人のように生活するの。人間本来の姿で生きていくのよ? すてきでしょ? ほら、あそこ、ゲートが見えてきたわ」
 話すナルミの横顔を見ていた安田は視線を前方に向けた。
 安田が外務省から派遣命令があったクウェート石油の勤務とまるで違うような場所に行くようだ。安田の頭に不安の文字が湧き上がってきた。もしかすると、対抗組織に誘拐されたのではないか、という不安がよぎった。外務省課長付きである安田は、日本とクウェートの石油取引を円滑に運営するためのパイプ役として赴任する命令を受けていた。
「ねえ、気分を悪くしないように。ナルミ、外れていたら許してほしい…… きみは僕を誘拐したのかい? 」
 安田は誘拐などするような悪人には見えないナルミに尋ねた。
「フフフ、やはり、優秀な方ね。そうよ、でも、安心して。あなたの代わりにアラビアーナ国のえりすぐりのエージェントがあなたの身代わりとして午後のうちに着任し、しっかりあなたの仕事は遂行しているはずだから。あなたはこれからあたしたち蜃気楼の女と快楽を毎日むさぼる生活を続けるのよ、うれしいでしょ? 父が手を回してあなたをこの国に招いた。父の超能力が働いた。そして、今、わたしの隣にこうしている。これは必然で有り、運命でもあるわ。あたしも嬉しいわ…… 期待どおりの方でしたわ。先ほど、あなたとプレーしたら自分を忘れたわ。きっと、あなたと相性がいいのね…… あなたはもうわたしのものよ…… これからはペットと飼い主という関係を毎日楽しむの。あなたの替え玉がちゃんと仕事はやってくれるから安心していいわ」

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