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Melty Life

第5章 本音


* * * * * * *

 水和にだけ執心しているはずの少年が、唐突に声をかけてきた。


 困っていることはないか。悩みは。


 詰めてきたのは距離だけではない、ともすれば不可視の領域まで侵してくるのではないかといった具合に馴れ馴れしかった。
 生徒が昼休みに一人で校内を歩いていれば、そうも悲壮感を醸し出すのか。かくいうあかりを呼びとめた来須も、一人だ。


「いいえ、特に」

「待って」


 淡海ヶ藤の生徒会長がどんな目鼻立ちをしているか、行事のスピーチを離れたところではどんな口調で話すのか、どんな立ち振る舞いをするのか。あかりが来栖を認知して、注意を払うようになってから、ただでさえ目に障るところしか見当たらなかったこの少年は、日に日に煙たくなっていく。同じ学校の上級生でなければ、きっと返事もしてやっていない。


 心なしか怯えた目をした来栖は、開きかけた唇を閉じては開きを繰り返していた。あかりにしてみれば用があるなら手短に済ませて欲しいのに、彼は何か言いたげな様子を持て余しているだけだ。


「先生に呼ばれているんです。移動教室先で忘れ物をして、早く取りに来いと」

「しばらく一緒にいて良いかな」

「来須先輩と私、友達じゃないんです。花崎先輩のところへでも戻れば」

「宮瀬さん!」


 今度は強い声だった。その気迫は、今一度、あかりが行く手を遮られるだけの隙を来須に与えた。

 来須はどういうつもりなのか。彼も、おとなしく見えて、人並みに恋だの愛だのを語る男だ。あかりのあの父親と、同じ生き物。長い歴史の中でふんぞり返ってきた種族である以上、水和に対する想いもどこまで真摯か分からない。傲慢で横柄な本能を、どこに隠しているか分からない。
 しかしどうしても水和が傷つく姿は見たくない。一昨日に見た光景があかりの錯覚でなければ、来須が追うべきは水和であって、他の生徒にかまけている場合ではない。

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