ぜんぶ俺の物〜ケダモノ弟の危険な独占欲〜
第1章 1
*
額に汗をにじませた園長先生が、救急箱を持って事務室に戻ってきた。
「一歩間違えれば、大ごとになる所でした。本当にありがとうございます」
園長先生は、人のよさそうな顔をくしゃくしゃにして、デスクチェアに座るその人に深々と頭を下げる。
「それにしても、律先生の弟さんだったとはねえ」
その言葉につられ、私も隣の席から視線を向けた。
そこにいるのは確かに弟の亜貴だった。
結婚式にも顔を出さなかった弟が、どうしてこんな所にいるのだろう。数十分前に戻れるなれば、私の動揺と驚愕ぶりを録画して、どれだけ間抜けな顔をしていたか確認してみたい。一段と磨きのかかった端正な横顔を眺めながら、そんなことを考えていた。
「本当、偶然なんです。母から姉がこちらでお世話になっていると聞いて。帰省がてら立ち寄ってみたら、子供が飛び出してきて」
「そうですか。さすが律先生の弟さんですね。素晴らしい機転で助かりました。そうそう、お姉さんも慣れないながらも頑張ってますよ」
「いえ、私はまだまだ全然……」
そう首を振る私に、亜貴が切れ長の目を向ける。
「姉はそそっかしい所があるから注意してやってください」
「こら!」
「ははは。さすがご家族なだけあってよくみてらっしゃいますね」
白い髭を揺らして笑う園長先生の言葉は、耳について離れなかった。
家族。
そう、亜貴と私は家族なのだ。
間違っても元カレなどではない。決して。
「園長先生、お忙しい所わざわざありがとうございました」
これ以上突っ込まれたくないうちにと、私は少し強引に話を終わらせ早々に席を立つ。
「いやいや、こちらこそありがとう。腕が痛むようなら、一度病院で見てもらってください」
「分かりました」
じゃあね、と私は出口に向かって亜貴の黒いジャケットをぐいぐい押した。聞きたいことは山ほどあるが、退勤後に持ち越しだ。
そんな私に、ふんわり茶色の頭が振り返ってまた目配せをする。
「姉ちゃんはまだ仕事?」
「へ」
「母さんが帰りに実家に寄れってさ。もうすぐなら、俺も外で待ってるけど」
「いや、いいよ。私はあとから一人で行くから」
「律先生ならあと十五分で定時ですから、ここで待ってくださって結構ですよ」
白い髭をしゃくりながらニコニコ笑う園長先生に、私はひきつり笑いで返すことしかできなかった。
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