
BLUE MOON
第11章 ムーンロード
「信じていいのかしら?」
クスリと笑いながら腕を組み脚を組む彼女をまっすぐに見た。
「信じるも信じないもそれがお望みなんですよね?」
もう間違えない。
もう勘違いなんて絶対にしない。
「あっそ、意外と聞き分けがよくて助かったわ」
真っ赤なマニキュアの塗られた指が細長い紙切れを引き寄せる。
そして
「じゃご褒美ね」
バックから万年筆を取り出すとその長い紙にスラスラと数字を走らせ
「手切れ金」
私の前に差し戻した。
自業自得…
どんなに欲しいものがあっても、どんなに言葉巧みに恵んでくれても
「…わかりました。受け取らせていただきます」
手に入れたら火傷するものがあるんだ。
ゼロが幾つも並んだその長い紙を見ながら自分を戒めた。
雨が強くなってきたようだ。窓ガラスに打ち付ける音が大きくなっていた。
小さなお店の一番奥の席。
こんな雨なのに着飾って艶やかな彼女と湿気に遣られてボサボサになった紙に着崩れたいつものパーカーを羽織る私。
「それじゃ、ごきげんよう」
カツカツとヒールの音を奏でながら彼女は店を後にした。
…グシャ
掌に痛みが走った。
思ったよりも強く握りすぎちゃったんだな。
小切手を握り潰し彼女みたいな紅い色をジワリと侵食させていく。
これでいいんだ。もう夢なんて見ないんだ。
私は低い天井を見上げて小さく息を吸った。
「アホ」
目を開けると先程までご令嬢が座っていたその場所にいつもヘラヘラ笑っている岡本さんが座っていた。
彼はいまだに握り続けている私の手を包み込むように握ると紅く染まった小切手を取って ナフキンで血を抑えてくれた。
「ももちゃんはいい人過ぎるんだ」
大きな手が私の頭に乗っかると
「よし、今日からズルい人間になる方法を俺が教え込んでやる」
あのヘラヘラした顔で髪をワシャワシャと撫で始めた。
もういい。
「…止めてください」
ここで私は過ごしていこう。
「止めませーん!」
「岡本さん!」
「ほら岡本さん、ももちゃんがイヤだって!」
「知らなーい」
詮索しない人たちと付かず離れずの仲で一生を過ごしていこう。
「いい加減にしてください!」
甘ったるい香水の残るこの場所でそれが私なんだと言い聞かせた。
