
君が桜のころ
第2章 花影のひと
不意に綾佳は愁いを帯びた表情になり、目を伏せた。
「…私は…お兄様のお荷物なのです。
…お母様が亡くなってから、お兄様は私に学校に行くように、外に出るように何度か説得してくださいました。…けれど、お母様を亡くしたばかりの私にはそんなことをする気力も勇気もありませんでした…。私はひたすら離れに閉じ籠りました。…次第にお兄様は私と話す事を避けるようになられました…」
「…そうなのですか…」
礼人は眉を顰める。
それを見て綾佳は慌てて兄を庇う。
「でもそれは私が悪いんです。私が頑なで、人見知りが過ぎたので…。お兄様が私を疎ましく思われるのは当然なのです。お兄様は悪くはないのです」
「綾佳さん…」
必死で兄を庇う綾佳がいじらしい。
しかし礼人には、まだ多感な思春期に母親を失った妹に対する冷淡な態度を取る慎一郎が解せなかった。
自分だったら、優しく声をかけ庇護してあげるのに…と残念でならない。
「…でも、お義姉様がお嫁にいらして私は変わりました」
綾佳の瞳や表情が打って変わって輝き出す。
「凪子さんですね…」
「はい」
庭園から広間を見る。
凪子は慎一郎に呼ばれ、笑顔で優雅な足取りで歩いている。
…美しいお義姉様…
「お義姉様は私の閉ざされた心の扉を開けて、外の世界に連れ出してくださいました。…お義姉様にお会いしてから私は毎日が新しい発見でとても楽しいのです」
そう言って綾佳は小さく微笑んだ。
「…綾佳さんは、凪子さんがお好きなのですね」
綾佳ははにかみながら頷いた。
「はい、お義姉様が大好きです」
礼人は綾佳へのいじらしさで一杯になる。
…もっと綾佳との時間を持ちたい。
礼人はジャケットの内ポケットから名刺入れを取り出し、一枚を綾佳に渡す。
「私は今、横浜の山下町に屋敷を借りて住んでいます。よろしければ近い内に遊びにいらしてください。…凪子さんとご一緒で構いません」
綾佳は名刺を受け取りながら戸惑う。
「…清賀様…」
礼人は綾佳をじっと見つめる。
「…綾佳さんのことをもっと知りたいのです」
「…清賀様…」
…その時慌ただしくスミが現れ、恐縮しながらも有無を言わさね口調で告げる。
「失礼いたします。…お嬢様、風が出てまいりました。お身体が冷えるといけません。もう中にお入り下さいまし」
「…え、ええ…」
綾佳は礼人にお辞儀をし、心を残しながらも屋敷の中に入っていった。
「…私は…お兄様のお荷物なのです。
…お母様が亡くなってから、お兄様は私に学校に行くように、外に出るように何度か説得してくださいました。…けれど、お母様を亡くしたばかりの私にはそんなことをする気力も勇気もありませんでした…。私はひたすら離れに閉じ籠りました。…次第にお兄様は私と話す事を避けるようになられました…」
「…そうなのですか…」
礼人は眉を顰める。
それを見て綾佳は慌てて兄を庇う。
「でもそれは私が悪いんです。私が頑なで、人見知りが過ぎたので…。お兄様が私を疎ましく思われるのは当然なのです。お兄様は悪くはないのです」
「綾佳さん…」
必死で兄を庇う綾佳がいじらしい。
しかし礼人には、まだ多感な思春期に母親を失った妹に対する冷淡な態度を取る慎一郎が解せなかった。
自分だったら、優しく声をかけ庇護してあげるのに…と残念でならない。
「…でも、お義姉様がお嫁にいらして私は変わりました」
綾佳の瞳や表情が打って変わって輝き出す。
「凪子さんですね…」
「はい」
庭園から広間を見る。
凪子は慎一郎に呼ばれ、笑顔で優雅な足取りで歩いている。
…美しいお義姉様…
「お義姉様は私の閉ざされた心の扉を開けて、外の世界に連れ出してくださいました。…お義姉様にお会いしてから私は毎日が新しい発見でとても楽しいのです」
そう言って綾佳は小さく微笑んだ。
「…綾佳さんは、凪子さんがお好きなのですね」
綾佳ははにかみながら頷いた。
「はい、お義姉様が大好きです」
礼人は綾佳へのいじらしさで一杯になる。
…もっと綾佳との時間を持ちたい。
礼人はジャケットの内ポケットから名刺入れを取り出し、一枚を綾佳に渡す。
「私は今、横浜の山下町に屋敷を借りて住んでいます。よろしければ近い内に遊びにいらしてください。…凪子さんとご一緒で構いません」
綾佳は名刺を受け取りながら戸惑う。
「…清賀様…」
礼人は綾佳をじっと見つめる。
「…綾佳さんのことをもっと知りたいのです」
「…清賀様…」
…その時慌ただしくスミが現れ、恐縮しながらも有無を言わさね口調で告げる。
「失礼いたします。…お嬢様、風が出てまいりました。お身体が冷えるといけません。もう中にお入り下さいまし」
「…え、ええ…」
綾佳は礼人にお辞儀をし、心を残しながらも屋敷の中に入っていった。
