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君が桜のころ

第2章 花影のひと

凪子は先ほど朝霞が連れてきた紳士、清賀が綾佳を庭園に連れ出したことが気になっていた。
また、初対面の清賀にあの人見知りが酷い綾佳がよくも付いて行ったものだと思っていると、近くで密やかに囁くような声が聞こえた。
「…清賀が気になる?君好みなハンサムだからね」
振り向くと間近な距離に、朝霞が色悪な笑みを浮かべている。
「朝霞様…ええ、気になりますわ。私はこの世の美しいものは皆大好きですもの」
妖艶な笑みでいなすのに、朝霞は肩を竦める。
「やれやれ、なんて強欲な女王様だ。…世にも美しいご主人を娶られたというのに」
「ええ、私の旦那様はこの上なくお美しい方よ。お美しくて、上品で、理知的で…まるでお伽話の王子様みたいな方」
そして凪子は美しい顔にやや淫靡な表情を浮かべる。
「…けれど夜にはまた別なお顔をお持ちなの…その落差がたまらないわ」
朝霞は凪子の婀娜めいた表情に思わず魅入られそうになり、苦しげに眉を寄せる。
「…君は …全く、悪い女だよ。…僕とのラブアフェアなんて忘れてしまっただろうね」
凪子の真珠色に輝くほっそりとした美しい腕をそっと撫で上げる。
「…いいえ、忘れないわ」
凪子は優しさと艶やかさが同居した眼差しで朝霞を見る。
「…私は一夜でも恋人になった方のことはずっと忘れないのよ…」
「…凪子さん…」
朝霞は凪子の手を取り、そっとその白手袋の上にキスをする。
「やはり九条は幸せ者だ。こんなにも素晴らしい女性を妻に持てるなんて…本当に羨ましいよ」
「…朝霞さん…」
二人が大人の眼差しを交わし合っていると、乳母のスミが顔色を変えて凪子の元へとやってきた。
「し、失礼します。…な、凪子様、あ、あの…お庭で綾佳様とお話しされているあのお客様のお名前は…⁈」
「…清賀様よ」
ひっとスミの喉が鳴る。
そして顔面が蒼白になると、小刻みに震えだし、小さく独り言を呟き始める。
「…清賀…様…や、やはり…でも、あの方な筈はないわ…だってあの方があんなにお若い筈はない…でも…なんと似ていらっしゃることか…」
凪子はスミの様子を見て只事ではないと悟った。
「…スミ…?どういうこと…?」
「い、いいえ。奥様…な、なんでもないのです…お忘れくださいまし…」
スミは必死で首を振り、しかし、まるで恐ろしい亡霊でも見るかのように清賀の姿を恐る恐る遠くから眺めるのだった。

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