
僕は君を連れてゆく
第60章 名前のない僕ら―隠した恋心編―
「潤…」
兄さんが俺の名前を呼んだ。
「潤…、どけよ」
ぶっきらぼうだけど、俺を拒否したあの日の
声とは違う。
「ここ…」
兄さんが自分の首を触って呟く。
「え?なに?」
俺は自分の首を触れながら、兄さんの上からどいた。
兄さんは「楽しんできたんじゃん」と、言って
やっぱりあの日のような冷たい目で俺を見た。
「え?」
洗面所に行って鏡を見る。
シャツから見える首筋に赤いアザがついてて。
「…マジか…」
気がつかなかった。
ガチャガチャと音がしてリビングに戻ると兄さんが着替えてリュックを背負っている。
「どこ行くの?」
「ちょっと、買い物…」
「こんな時間に?明日にしなよ」
「コンビニで買えるから」
「コンビニならそんな荷物いらないだろ?」
「うるさいなぁ…俺がなにしてたっていいじゃん、構うなよ」
「…俺が嫌いなの?だから、家から出ていくの?」
「なんの話だよ」
スタスタと玄関に向かい靴をはく。
「…行かないでよ…」
靴をはくその背中が小さくて。
もう、二度と帰ってこない気がして。
思わず背中から抱き締めた。
「頼むから…行かないで…」
俺を一人にしないで。
俺を、俺だけを見てよ。
「…悪いけど…俺はお前だから許したんだ」
許した?
意味が分からなくて抱き締める腕を解く。
「俺は、お前が弟だから許したんだ、これが、友人とかだったら犯罪だ…お前が弟だからだよ」
兄さんは俺を見て言った。
俺に対する気持ちなんて、一ミリもなかった。
「じゃぁ、これからも許してくれよ」
「はぁ?」
兄さんがそうなら、俺だって。
「弟がしたことなら、許してくれんだろ?」
「お前、話聞いてたか?」
「ヤらせろよ」
俺は、間違ってしまった。
兄さんの言葉を鵜呑みにして、心まで傷つけてしまった。
