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僕は君を連れてゆく

第28章 ハンプ


あの日

電車の曇る窓に俺とお前の名前を書いた。

町を離れることを俺は黙っていた。

高校の卒業式が終わってみんなでカラオケでバカみたいに騒いで…

「じゃぁ、俺、松本潤!歌いまーす!」

「歌えっ!」

ジュースで何度も乾杯して。

自由になれる。

あのときは本当に自由になれると思ってた。

まだまだ、乗り越えていかなきゃならない壁の方がたくさんあるのに。
もう、全てを乗り越えたように感じて、全てから卒業した気になってた。

それに…

俺はお前に普通じゃない感情を持ってた。

昔からの幼なじみなのに。

同じ団地の上の階と下の階という、ありふれた設定で、同じ年の子を持つ親同士、仲良くなるのに時間はかからなかった。

小学生にあがってランドセルを背負って手をつないで門をくぐった。

女みたいな大きい目は男子のからかいの対象になって、よくいじめられた。

俺はそんなお前を守ってやらなきゃって必死だった。

だけど、本来は俺なんかよりずっと社交的な性格だから、友達もたくさん出来ていった。

それから、俺は見守ってた。

頼まれてないけど。

ずっと、お前を見てた。

俺は教室の隅でいつも本を開いていた。

だけど、耳はお前の声を聞いていた。

どんなときも一緒に帰った。

気がついたらお前を見上げていた。

小学3年生になる頃からお前の家とうちの家の違いが出てきた。

俺の両親はケンカするようになった。

些細なことだ。

よくある、夫婦ケンカだ。

だけど、母さんが週に一度、夜、出かけるようになった。

派手な化粧にどぎつい、香水の匂いを撒き散らせて朝になると帰ってきた。
学校へ行く俺に目を見て、
「ちゃんと、帰ってきてね」
そう言った。

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