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密猟界

第9章 死海のほとり

 黒鳥の群れは、何処に消え失せたのか─宝石の粒に似た海の泡が、波にはじける。
(あ…。教会から─、雨降ってて)長い髪の流れのあいだに見える顔が、記憶のそれと重なった。(怒鳴られて、追い出された…) 見つめると、問いかける視線を、優しい顔立ちの青年が、送ってくる。まばたきをして、見つめていた目を伏せると、野性的な貌の青年が、気づかわしげに寄ってきた。 
 微かに笑い、髪の長い青年が彼に柔らかくかぶりを振ると、ほっと小さな息を吐いて、真剣な目付きで、肩の傷に視線をやった。(やっぱり、あのときの…二人)軽く閉じた目蓋…(教会。鏡。トッケィビ…思い出せない、俺は)…涙が溢れ出す。
 ─白い貌に驚きのいろが浮かび、野性を感じさせる顔も、訝しげな表情…。
 ほっそりした指が、髪をそっと撫でてくれる。若い獣のような青年のほうは、身体の白い衣を裂いて、海水で濯ぎ、涙を拭いてくれる。
 ここにいる…と語りかけるような目に、見守られ、泣きじゃくり始めた。
 赤ん坊そのものの様子に、長い髪をかきあげて、青年が傷ついた身体を抱きしめた。さらに激しく泣き出し、(このまま…死んでしまいたい)裸の体で、青年の胸で、もがく。

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