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密猟界

第9章 死海のほとり

 黒鳥は、肩の傷から流れる血の匂いに、集まってきたらしい。鳴き騒ぎ、羽根を広げ、身体を尖った嘴で、つつく。鳥葬のように、身体を食いちぎられそうになる。空が真っ黒に見えるほど、鳥の数がさらに増えてきた。
 …波の音が、急に高くなった。黒鳥が一斉に飛び立った。代わりに自分の両脇に、降り立ったものがある。うっすら開けた目に、白い翼と裸足が映った。
 身体が持ち上げられるのを感じて、目を閉じた。波の音が近くなり、温かい海水に浸けられる。 薄く目を開くと、二人の青年が赤子に湯浴みさせる仕草で、ぼろぼろになった衣服を剥ぎ、肩から流れる血で汚れた体を洗い出す。そのふたつの顔に、見覚えがあった。 顔を覗き込んできた青年は、野性味ある容貌。眉をひそめると、繊細さが浮かび上がる。
 もう一人の青年は、長い髪に陽に透ける皮膚、物静かな表情の穏やかな双眸…。
 波打ちぎわに、ゆっくりと身体が運ばれ、傷に掌が当てられる。…長い髪の青年も眉をひそめた。 
 ─快い風がやって来た。
 痛みが、軽くなり、次第に引いていく。
 野性味ある青年は、若い獣を思わせる横顔で、波光きらめく果てを見つめる。ゆるやかに波打つ髪が、肩で風をはらむ。

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