
不透明な男
第12章 惑乱
しまったな、エレベーターに駆け込んで息を整えながら青年は呟いた。
青『もうバレたかもしれない。早く靴を履いて』
智『う、うん』
俺は震える手で靴を履こうとする。
だけど、上手くヒモが結べないんだ。
青『貸して』
俺の足下に屈んで靴ヒモを結んでくれる。
だけど青年の手も、震えていたんだ。
青『来ちゃ駄目だって、言ったでしょ…?』
智『ご、ごめんなさい…。まさか、こんな事になるなんて…』
俺が震えながら、あまりに小さい声を出すもんだから、青年は少し微笑んだんだ。
青『怒ってる訳じゃ無いよ。きちんと教えなかった僕が悪かったんだ』
智『ち、違う!お兄さんは悪くなんて』
青年は何も悪くなんてなかった。
むしろ俺を助けにこんなに危ない事をしに来てくれた。
青『もう着くよ。そこに車を停めてあるから』
エレベーターが止まると、開いたドアの隙間から左右を覗き、車を目掛けて全力で走った。
青『早く乗って!すぐ出るよ』
智『う、うんっ』
バタバタと車に乗り込み、すぐにエンジンを掛ける。
俺がドアを閉めると同時に車は走り出した。
智『はぁ、はぁっ』
走ったのと、恐怖からか心臓がバクバクと鳴っていた。
口から飛び出そうな位に跳ねる心臓は、なかなか落ち着く事はなかった。
チッ、と青年は舌打ちをした。
どこからどう見ても好青年なのに、爪を噛みながらバックミラーに目をやり舌打ちをする。
その光景がただならない雰囲気に思えて、俺は後ろを振り返った。
青『ちょっと飛ばすよ』
そう言うと、青年はスピードを上げた。
その後ろには、黒く光った車に乗り込む男達の姿が見えた。
俺は怖かった。
逃げられるんだろうか。
もし捕まったらどうなってしまうんだろうと、俺は青年の隣で震えていたんだ。
