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素晴らしき世界

第31章 向かい合わせ

テーブルには、
雅紀が用意してくれた2つのマグカップ。

その1つを掌で包み、
注がれているコーヒーをジッと見つめる雅紀。

『話をしたい』って引き留めたけど、
最初の一言目が出てこない。


そもそもどうやって……話をしてた?


「あ…あのさ……」

やっと絞り出した言葉は、
ただこの沈黙だけを破るもの。

その後の言葉が続かない。

『はぁー』っと大きな溜め息をつくと、
スッと立ち上がる雅紀。

「話が無いなら、もういいよね」

「ちょっと待って!」

テーブル越しに雅紀に手を伸ばすと、
置いていたマグカップが倒れてた。

飲んでいなかったコーヒーは
あっという間にテーブルに広がっていく。

「ごめんっ、あぁ、もう…っ!」

テーブルから流れ落ちるコーヒーを
掌でとりあえず受け止める。


でも溢れるのも時間の問題。

近くに何か拭くものは……


「はい、これ」

キョロキョロと見渡していると
雅紀がタオルを俺に差し出してくれた。

「ありがとう」

それを受け取ると、
手に溜まっていたコーヒーを吸い取る。

「ホント……変わんないね」

誰に言うでもなく
雅紀がテーブルを拭きながら呟いた。

「変わらない……か」


『もー!ホント翔はおっちょこちょいなんだから』

周りを見ないで行動して失敗した俺を
いつもそう言って許してくれたんだ。



いつだって雅紀は笑ってた。

いつだって雅紀は明るかった。

いつだって雅紀は優しかった。



「雅紀……ごめん」

「……えっ?」



それが普通だって思ってた。

それが当たり前だと思ってた。

それがずっと続くって思ってた。



「し…翔?」

雅紀がスッと手を伸ばして俺の頬を包むと、
目の下を何かを拭う様に親指が動いた。


久しぶりに俺の名前を呼ぶ雅紀。

久しぶりに俺に触れる雅紀。


「今更……だよな」


こんなに……嬉しいんだな。

こんなに……温かいんだな。

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