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【S】―エス―01

第6章 我が目に棲む闇

 彼はかけていた眼鏡の奥で刹那を一瞥し、それ以降は目を合わせようとしない。


「あ……あの、僕……」


 彼女は姿勢を低く目線を合わせ、優しく微笑みながら右手で刹那の頬にそっと触れ言う。


「大丈夫よ。あなたは何も気にしなくていいの」


 まるで母親を思わせるような笑顔が、彼の大きく茶色い瞳に映り込む。


 それは、幼い刹那にとって第3者からの温もりを初めて感じた瞬間だった。


「さぁ、行きましょう?」


 するりと撫で下ろされた右手は、刹那の左手を優しく取る。


 少し歩いたところで女は立ち止まり、すぐ左側の照明スイッチを押した。


 明るく照らされた窓のない廊下。突き当たりには、焦げ茶色をした木製の重々しい雰囲気を放つドアがあった。


 その木製のドアが近づくにつれて刹那の足取りは重くなり、やがて半分を歩ききったところでぴたりと止まる。


「もう、ここにはいたくないよ」


 晴れない表情を垂れた艶やかな前髪の奥へと隠すように俯き、刹那は呟く。


「どうして? ここにはあなた1人じゃないし、寂しくないはずよ?」
 

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