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【S】―エス―01

第6章 我が目に棲む闇

 左手が振り払われるとそれらは一斉に空を切り、白衣の両袖を貫き壁に深々と突き刺さる。


 壁に磔(はりつけ)のような状態にされた真理は、自分の顔の両脇に刺さったメスを見て言葉をなくす。


 刹那は薄紫色の瞳のまま、後ろ手にゆっくりと真理のもとへ進む。姿勢をかがめて彼女に目線を合わせ、悪戯っぽい笑顔で一言。


「立場、逆転しちゃったね」


 壁に右手をつき、近づけた顔を逸らして耳元でこそりと囁く。


「僕は知ってたよ。先生がどんな目で僕を見てたか」


 言葉と共に口の端から漏れ出た吐息がかかり、壁から離れた右手が撫でるようにブラウスの襟元へと伸びる。


 刹那は笑みを湛えたまま、彼女の肢体に自身の体を滑り込ませた。


「……っ」


 恐れからか、何かを悔いるように両目に涙を溜める真理。


 耳元から顔を離した刹那は、今度は頬に右手でそっと触れどこか悲しげに続ける。


「ねぇ、覚えてる?」


 ――10年前。


     **


 薄暗く長い廊下を、少年は白衣を着た1人の大人に手を引かれ歩いていた。


 繋がれた手はかくも大きく温かく、少年『刹那』の心までをも包み込む。
 

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