テキストサイズ

【S】―エス―01

第29章 S‐145

 
 ――それはしばしの回顧。


(もう、朝か……)


 石造りの壁に寄りかかり膝を抱え焦げ茶色のコートを着た少年は、格子が嵌(は)められた明かり取りの外をぼんやりと眺め、内心ごちた。


 そこは、必要な時しか訪れる者などいない牢獄とも言える場所。


 視界の先、ひらひらと舞う蝶。格子の隙間から迷い込んだそれは、感情の欠片も窺えない少年のもとへ、ふわり近づく。


 少年が指先を向けると、蝶は空中でぴたりと静止し、まるでそこだけ時間が切り取られたかのように漂う。


 しばらくそれを静観した後、中指と人差し指、そして親指、3本の指を合わせ弾く。ぐしゃ――と、それはあまりにも呆気なく容易に四散する。


 少年は、ばらばらと床に散らばった残骸を無表情なままの褐色の瞳に映す。


 3月31日。明け方の空は山裾からわずかに覗く太陽で白みがかり、その渓谷沿いに湾曲し流れる河川を魚の鱗(うろこ)のように眩く反射させ、輝かせた。


     **

ストーリーメニュー

TOPTOPへ