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【S】―エス―01

第23章 覚醒

 振り向いた彼は、月明かりのもとにその表情を晒す。


「あ……かね?」


 辿々しく自分を呼ぶ声。それすら今ではとても近くに感じた。


 表情はまだ強張っているが、その瞳の奥にはわずかに穏やかさが戻りつつあった。


 頷くように首を傾げはにかんだ際、目の端から温かな滴が一筋溢れ落ちる。それが単に悲しみから流れたものなのか、最早分からない。


 ただ、茜の語りかけた言葉とはにかみ、それに対して見せた彼の微笑みが全てを物語っていた。


 それは、人間の最も純粋な部分にある、最も複雑な感情そのものではなかろうか。


 時に醜くも、誰しもが少なからず求めてやまない――【愛情】。


 そっと右手を差し伸べようとした時、


「――!」


 目の前に赤い絵の具のようなものが飛散する。


 自分の身に何が起こったのか分からなかった。


 ただ突然、鋭利な刃先を向け襲いかかるガラスの破片に身動きひとつとれず、固く目を瞑り後方へ尻もちをつく。


 恐る恐る目を開けると視界は黒く覆われ――。


「……!?」
 

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