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20年 あなたと歩いた時間

第11章 手探りの日々

「じゃあお父さんに電話しとくよ」

多少イヤミっぽく言ったつもりなのに、
全く伝わっていない気がした。
明らかにテンションの上がった声で、
じーちゃんに電話している。
僕は子どもの頃、たまに会う要のことが
大好きだった。
優しくて面白くて、流星のことを
たくさん話してくれた。
要が父さんだったらいいのにと
思ったこともあった。
でも、中学校に上がる前の春休み。
このうちに引っ越してきた日、
聞いてしまった。
僕はちょうどじーちゃんと散歩に
出掛けようとして自転車に乗ったけど、
思ったより寒くて上着をとりに戻った。
その時、要が母さんに結婚してくれと
言ったのが聞こえた。
僕は上着のことも忘れて玄関のドアを閉め
要が買ってくれた自転車を思わず
蹴り飛ばした。
真新しい自転車のカゴが歪んで
キズがついた。
あの時、母さんがどんな返事をしたのか、
知らないし知りたくもない。
でも毎週末、母さんの喜ぶスイーツなんか
片手にやってきて、
普通に流星の思い出話とかしやがって、
うれしそうに母さんの作った食事を
食べて帰っていく。
その手料理、流星は何回食べることができた?
その家族の団らんみたいなもん、
流星は味わったことあんのかよ?
雨が降りだした。ぼつ、ぼつ、と大粒の雨が
みるみるアスファルトの地面を
濃いグレーに変えていく。
僕は部屋に戻る途中に、キッチンに寄って
あのチョコレートの箱を探した。
いつも買い置きがあるのに、今日に限って
ない。

「母さん!あのチョコレートは?!」

降りだした雨に、慌てて洗濯物を
取り入れていた背中に叫んだ。

「チョコレート!流星が好きだったやつ!」
「ああ…ごめん、明日届くけど…広輝、そんなに好きだった?」
「別に!」

バンっと音を立ててドアを閉めた。
…ムカつく。
流星のことが好きなんじゃなかったのかよ?
だからあのチョコレート、
切らしたことなかったんじゃないのかよ?

(…ちっさ。男のくせに、心狭いんだよ)

自分の声なのか、あいつの声なのか
わからないけれど、そう聞こえた。

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