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月琴~つきのこと~

第1章 第一話【宵の月】 一

 馬鹿がつくほど正直な男。これまで小文が見たこともない質(たち)の男だった。だが、あの屈託ない笑顔が何故か胸に灼きついた。この日、治助はわずかの間に、小文の心の奥にどっかりと腰を据えてしまったのだ。
 小文はゆっくりと視線を動かす。井戸端からは、更に奧にある桜の樹の梢が見える。まだ、数えるほどしか花が咲いてはいないが、数日内には満開になるだろう。妹に頼まれた桜の枝を忘れないようにと、小文は慌てて地面に置きっ放しだった枝を拾った。

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