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短編集

第5章 イブと自販機と男

「君はここで仕事をして、長いのかい?」

『ええ、ただ、どれくらい経ったのか覚えていません。あなたのように進んでいく人を、見守るだけですから…』

「君は強いんだな…俺はもう進むのを諦めるかもしれないよ。幸運どころか、家族からも見放された人生さ…」

男は何故か、自販機に気持ちを許していた。

雪がちらついてきた。

『…雪がふってきましたね。さあ、どうぞ。ホットコーヒーで身体を温めてください。』

「ああ、ありがとう。そうさせてもらうよ。」

もう、男は自販機が自由に話すことなど、不思議に思わず返事をすると、小銭入れから硬貨を取り出した。

『言い忘れていましたが、私は当たり付きですから。当たりがでたら、もう1本。頑張って下さいね』

「ありがとう、まあ当たりなんて引いたことないけど…頑張るよ」


―自販機が、言い忘れていた、だって…。

男は苦笑しながら、それでも、自販機の言いぶりが、きっと表情が見えたなら、微笑んでくれているだろうと想像して、優しい気持ちになれた。

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