テキストサイズ

お題小説第8弾『梅雨の暴走』

第1章 梅雨に濡れ…

 1

「うわぁ、もお…」
 その女性の嘆き声に、思わず振り向くと…

「あ…」
 そこに、びしょ濡れの、隣の部屋のお姉さんが立っていた…
 いつもエントランスで見かけるたび、綺麗な人だと思っていたお姉さんだ。

「あぁ、もうびしょ濡れぇ…
 すっかりやられちゃったわねぇ…」

「え…」

 そう言ってくるお姉さんは…
 まるでバケツの水を浴びせられたみたいに、全身ずぶ濡れであった。

「うふ、キミも…あ、啓くんだっけ?」

「…あ…」

「啓くんも、びしょ濡れね」
 前髪から水を滴らせながら、隣のお姉さんが、そう言ってくる。

 そうか、さっき後ろから聞こえた悲鳴は、彼女だったのか…

「あ…は、はい…」

 まさか、お姉さんが、ボクの名前を知っているなんて…
 ボクは、驚いていた。

 いや、それよりも…
 この全身びしょ濡れの、お姉さんの美しさと、なんともいえない艶気に…
 思わず、見とれてしまう。

「とんだ災難だわぁ…
 あぁ、新調したスーツが台無しぃ…」

「……」
 都合のいい言葉が、返せない…
 いや、ボク自身、あまり女子、女性とは日頃からうまく話せないから、当然だ。

「さぁ、早く着替えないとね」
 そんなドキドキとしているボクをよそに、お姉さんはエレベーターのボタンを押す。

「さ、早く」
 そして、開いたドアに飛び乗り、ボクを誘う。

「………」
 静かにエレベーターは上昇する。

「あ、ほら、わたし、啓くんのお母さんとは何度か話してるからさ」

「あ、はい」
 きっとボクは、名前を呼ばれ、不思議そうな顔をしていたのだろう…
 お姉さんは、そう言いながら階のボタンを押す。

「もお、ホント、ぐしょ濡れねぇ」

「あ、は、はい…」
 
 お姉さんは、頭からハイヒールまて、ぐしょ濡れだった…

「啓くんもね…」

「あ…」
 すると、上から下まで見たボクの視線に、お姉さんがそう返してきた。

 ボクは何となく、覗いていたみたいで…
 恥ずかしくなってしまう。

 だけどエレベーターの中は…
 お姉さんの甘いフレグランスの香りに満たされて、心地よく、堪らなかった――


ストーリーメニュー

TOPTOPへ