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『春のうつろい』

第3章 春雨

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 春雨がそぼ降る夜…

 本当に、五分ほどの駅までの道を二人で相合傘で歩くだけのはずだった。

 だけど、時折触れる柄を持つ課長の手の冷たさと、寄せては震える肩の暖かさに、知らず胸が昂ぶってしまう。

 しっとりと濡れた春雨が、身体だけでなく心までをも湿らせていた…

「キャッ…」
 交差点で大型トラックの水しぶきが頭から降りかかる。

「うわ、最悪だ…」
 スーツの裾も、私のスカートもストッキングもヒールもびっしょり濡れた。

「あぁ、もう、冷たい…」
「寒いわ…」
「あ、うん…」
 振り向くと、坂の上に紫色のネオンが煌めいている。

「……………」
 彼は無言で私の手を握り、その光に吸い込まれるように歩き出した。

 わたしは抗えない…
 急な昂ぶりが疼き、心が誘惑に流れていく。

 春雨は身体を塗らし、心を湿らせる…
 触れ合う彼の手指の薬指の輪も、もう目には入らなかった。

 全ては、春雨のせい…
 
 わたしの心は緩やかに流されていく…




            『春雨』終。




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