背徳の雨
第5章 儚く、脆く
彼はとても良い人。
あれは私がここに初めて来た日。
私がカウンターでライターを買おうと
誰もいないカウンターの前で
キョロキョロしていた。
「あ、すいません…」
奥から現れた、
小柄で黒縁眼鏡をかけた、
誠実そうな店員。
この人が彼だった。
「ライターが欲しいんです」
一言言うと彼は
カウンターの引き出しを開け
私にライターを渡した。
「これ、差し上げます」
内緒ですよ?
彼は無料でライターをくれた。
その日から
私はこのネットカフェに通い始めた。
…彼に会いたいが為に。
雫に連れ出され、
キャリーバッグを忘れた時
誰も取りに来ないからと他の店員が
処分しようとしたらしいが
彼は私の為にずっと置いていてくれた。
「バカ!」
可愛らしい笑顔でそう言って
私の頭をぽんぽんと優しく撫でる彼。
あの笑顔が一生忘れられない。
今思えば多少なりとも
彼が好きだったのかも知れない。
でも私は汚れているからと
正直になれなかったのだと思う。
それに優雨の事も…
優雨が私を
好きになってくれる保証なんて
どこにもないのに。
でも私は心のどこかで
期待していたのかも知れない。
好きになってくれるかも知れないと。
だから私は
店員さんにアプローチが出来ず
もう半年が過ぎた。
店員さんに連絡先を聞きたかったが
何故か浮気した気分に陥り、
彼も彼で仕事終わりに私の姿を
毎日探していたそうだ。
一度だけ私を見掛けたらしいが
私は誰かと話していたらしく
話し掛けるのを止めたそうだ。
惜しい事をしたな、と感じた時、
また浮気した気分に陥った。
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