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手紙~天国のあなたへ~

第2章 雪の記憶

「済まない。そなたの気分を害したのなら、謝ろう」
 これも留花にとっては衝撃であり、大きな愕きであった。
 両班は子どもの頃から周囲にちやほやされ、人から敬意を払われることに慣れ切っていて、自分が明らかに悪いことをしでかしても、相手が低い身分の者だと絶対に頭を下げたりはしない。
 しかし、この眼前の男は、あっさりと己れの非を認めたばかりか、頭まで下げたのだ。
―このような方もいらっしゃるとは!
 留花の心にこの時、何か温かなものが流れ込んできたように思えたのは気のせいであったろうか。
 男の瞳がふっと翳る。まるで幾千もの夜の闇を集めたように限りなく深く、じっと見つめていると、その深い底なしの闇に絡め取られ、永遠に逃れられなくなってしまうようで。
 掏摸の男に対して見せた油断のならない鋭さとは全く違う切なさを滲ませた瞳に、身体だけでなく心の中心まで射貫かれたようで、留花は思わずうつむいた。

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