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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~

第9章 ♦RoundⅧ(溺れる身体、心~罠~)♦

 少しの沈黙の後、彼は吐息をついた。
 先刻までの情熱的な光は消え、あたかも遠くを見るようなはるかなまなざしに、有喜菜は胸が切なくなった。
「何を考えているの?」
 もしかして、私とこうなったことを後悔しているの?
 そう言いたい衝動をぐっと堪え、有喜菜は唇を噛みしめる。
 直輝はまた小さな吐息をついた。有喜菜の身体をそっと押し、ベッドに横たえる。両腕を有喜菜の顔の両脇につき、有喜菜は彼の逞しい腕に囚われた形になる。
 いいえ、神さま、私はこの男(ひと)になら、永遠に囚われたままでも構いはしません。
 有喜菜はこの時、悟った。最初は紗英子への復讐から始まったこの罠に、実は当の仕掛けた有喜菜自身も足を取られてしまったことに。
 やはり、昔と変わらず、有喜菜は直輝を愛していた。復讐、昔、自分から彼を奪った女に一矢報いてやるつもりで始めた計画は、今や彼女自身を責め苛もうとしている。

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