
花鬼(はなおに)~風の墓標~
第9章 夜明け―永遠へ―
「何で俺なんかと―」
伝次郎の声は掠れていた。
「あなたが好きなの」
あまりにも直截な心情の吐露に伝次郎の表情が更に固まった。無理もない、知り合ってまだ互いのこともよくは知らない間柄なのだ。それでも。
熊は真摯なまなざしで伝次郎を見つめた。
「人を好きになるのに立場とか事情とかは一切拘わりはありませぬ。―あなたを好きなのです」
熊は今度は少し躊躇った後、伝次郎に告げた。
「今日、信虎さまのお館に招ばれました。お逢いしたのは信虎さまではなく、お方さまでしたけれど、信虎さまが私を側室として召し上げたいと仰せになっているとお伺いしました」
半月前、熊は靖政の屋敷で信虎に足蹴にされていた伝次郎を助けた。その折に、引きかえに一つだけ信虎の言うことに従うと約束した。あの時、信虎から酷い折檻を受けた伝次郎は失神していたようだった。ゆえに、信虎と熊のやり取りを知らなかったとしても不思議はない。
熊を側女にと望む信虎の意がその約束そのものなのだとは敢えて口にしない。
伝次郎の声は掠れていた。
「あなたが好きなの」
あまりにも直截な心情の吐露に伝次郎の表情が更に固まった。無理もない、知り合ってまだ互いのこともよくは知らない間柄なのだ。それでも。
熊は真摯なまなざしで伝次郎を見つめた。
「人を好きになるのに立場とか事情とかは一切拘わりはありませぬ。―あなたを好きなのです」
熊は今度は少し躊躇った後、伝次郎に告げた。
「今日、信虎さまのお館に招ばれました。お逢いしたのは信虎さまではなく、お方さまでしたけれど、信虎さまが私を側室として召し上げたいと仰せになっているとお伺いしました」
半月前、熊は靖政の屋敷で信虎に足蹴にされていた伝次郎を助けた。その折に、引きかえに一つだけ信虎の言うことに従うと約束した。あの時、信虎から酷い折檻を受けた伝次郎は失神していたようだった。ゆえに、信虎と熊のやり取りを知らなかったとしても不思議はない。
熊を側女にと望む信虎の意がその約束そのものなのだとは敢えて口にしない。
