
花鬼(はなおに)~風の墓標~
第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】
少女は熊たちのやりとりなぞ端から眼中にはない様子であった。熊をしばらく無表情に見つめていたかと思うと、直に反対方向へと歩き去った。
老女は熊を見やると、小さな吐息を洩らした。
「あのお子は我らがお屋形さまのご長子勝千代君でございます。勝千代君は時折、あのようななりをなさるのです。ご覧のとおりの愛らしさ、お美しさゆえ、姫さまと見紛うほどお似合いにはなられますが、信虎さまは男子が女子のなりをするとは由々しきことと、たいそうお嫌いになられておいでにござりまする。勝千代君は普段は学問をよくなされ、ご幼少ながらもご聡明であらせられると評判の若君さまでございますが、何分にもかようなご趣向を好まれるものゆえ」
熊は茫然とした。確かに、あの少女は誰が見ても姫だとしか思えなかった。あの可愛らしい姫君が実は若君だというのが到底信じられない。
「このようなことが万が一他国のお方に洩れたとなれば、私どもがお屋形さまにきついお叱りを受けてしまいます。熊姫さま、どうかくれぐれもご内聞にお願い申し上げまする」
老女が平伏し、若い侍女も慌てて手をついた。
熊の瞼に先刻の勝千代の表情が蘇った。まるで感情を読み取れぬような瞳は、到底七歳の子どものようには見えない。あの美しい双眸の向こうに、熊は限りない虚無を一瞬見たような気がした。
老女は熊を見やると、小さな吐息を洩らした。
「あのお子は我らがお屋形さまのご長子勝千代君でございます。勝千代君は時折、あのようななりをなさるのです。ご覧のとおりの愛らしさ、お美しさゆえ、姫さまと見紛うほどお似合いにはなられますが、信虎さまは男子が女子のなりをするとは由々しきことと、たいそうお嫌いになられておいでにござりまする。勝千代君は普段は学問をよくなされ、ご幼少ながらもご聡明であらせられると評判の若君さまでございますが、何分にもかようなご趣向を好まれるものゆえ」
熊は茫然とした。確かに、あの少女は誰が見ても姫だとしか思えなかった。あの可愛らしい姫君が実は若君だというのが到底信じられない。
「このようなことが万が一他国のお方に洩れたとなれば、私どもがお屋形さまにきついお叱りを受けてしまいます。熊姫さま、どうかくれぐれもご内聞にお願い申し上げまする」
老女が平伏し、若い侍女も慌てて手をついた。
熊の瞼に先刻の勝千代の表情が蘇った。まるで感情を読み取れぬような瞳は、到底七歳の子どものようには見えない。あの美しい双眸の向こうに、熊は限りない虚無を一瞬見たような気がした。
