
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第5章 第二話〝烏瓜(からすうり)〟・其の壱
奥向きに入り浸りで、女の尻ばかりを追いかけ回している好色な殿も困るが、孝俊のように奥向きなぞ端から見向きもしないのもまた問題ではあった。何しろ、奥向きに暮らす女たちが眼にする男性といえば、藩主孝俊ただ一人なのだ。男たちが活躍する公の場である表と、女たちの城―つまり後宮である奥向きが厳然と区別されているのは何も江戸城だけではない。大名家においても、大抵は似たような形を取っている。奥向きには当主以外の男は一切脚を踏み入れてはならないというのが原則であった。
言葉もない美空に、智島がその場にガバと手をついた。
「申し訳ございませぬ、私めとしましたことが、つい要らざることを小賢しく申し上げてしまいました」
どうやら、己れの失態は十分に自覚しているらしい。
智島は泣きながら訴えた。
「さりながら、ご簾中さま! 私はどうにも悔しうございます。ご当主の奥方であらせられるご簾中さまが何ゆえ、そこまで下々の者たちにご遠慮なさる必要があるのでございましょう」
美空は微笑むと、悔し涙に暮れる智島の肩にそっと手を置いた。
「そなたが先刻、私に申したのではありませんか? ここの連中は皆、少々頭が固いゆえ、刻はかかるやもしれぬが、いつかは必ず私を判ってくれる日が来ると」
―ここの連中は少々、頭が固うございますゆえ、刻はかかるやもしれませぬが、彼等もいずれはご簾中さまの真のお姿を見る日がやって参りましょう。
あの智島の言葉は、美空の乾いた心に水のように滲み込んで、ゆっくりとひろがっていったのだ。
「ご簾中さま」
智島が泣きながら美空を見上げる。いつしか励ますはずの智島が美空に慰められている。
こんなところも智島が美空という女性を類稀だと感じる理由の一つだ。人の心を読み、その機微を察して気遣いのできる、機転の利く聡明な女性である。到底、裏店育ちの娘とは思えない―、否、大切に育てられた深窓の姫君ではないからこそ、ここまで他人に対しての優しさを持つことができるのかもしれない。
言葉もない美空に、智島がその場にガバと手をついた。
「申し訳ございませぬ、私めとしましたことが、つい要らざることを小賢しく申し上げてしまいました」
どうやら、己れの失態は十分に自覚しているらしい。
智島は泣きながら訴えた。
「さりながら、ご簾中さま! 私はどうにも悔しうございます。ご当主の奥方であらせられるご簾中さまが何ゆえ、そこまで下々の者たちにご遠慮なさる必要があるのでございましょう」
美空は微笑むと、悔し涙に暮れる智島の肩にそっと手を置いた。
「そなたが先刻、私に申したのではありませんか? ここの連中は皆、少々頭が固いゆえ、刻はかかるやもしれぬが、いつかは必ず私を判ってくれる日が来ると」
―ここの連中は少々、頭が固うございますゆえ、刻はかかるやもしれませぬが、彼等もいずれはご簾中さまの真のお姿を見る日がやって参りましょう。
あの智島の言葉は、美空の乾いた心に水のように滲み込んで、ゆっくりとひろがっていったのだ。
「ご簾中さま」
智島が泣きながら美空を見上げる。いつしか励ますはずの智島が美空に慰められている。
こんなところも智島が美空という女性を類稀だと感じる理由の一つだ。人の心を読み、その機微を察して気遣いのできる、機転の利く聡明な女性である。到底、裏店育ちの娘とは思えない―、否、大切に育てられた深窓の姫君ではないからこそ、ここまで他人に対しての優しさを持つことができるのかもしれない。
