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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第2章 其の弐

「俺がお前を好きで、お前も俺を好きだと言う。それだけじゃア、いけないのか? 俺たちにとっていちばん大切なのは、お互いの気持ち―ただそれだけじゃないのか?」
 孝太郎の思いつめたような眼が射貫くように見つめている。
 美空は小さく首を振ってその視線を避け、あらぬ方を向いた。
「一つだけ訊いても良い?」
 怪訝そうな顔の孝太郎に、美空は呟いた。
「二度めにここで、絵馬堂の前で逢った時、あなたは何を祈っていたの?」
「―」
 しばし、孝太郎から返事はなかった。再び訪れた沈黙は先刻以上に重たかった。その重圧に押し潰されそうになりながらも、美空は懸命に耐えた。
 少し前方に山茶花の樹が植わっている。鮮やかな桃色の花を幾つもつけた緑の茂みが冬枯れの風景の中、そこだけ際立って見えた。空高く頭上で百舌の鳴き声が張りつめた静寂を引き裂くように甲高く響く。
「何故、そんなことを訊くんだ?」
 真摯な瞳に見つめられ、美空は返答に窮し、黙り込む。小さく深呼吸して、ありったけの勇気をかき集めて応える。
「あの時、孝太郎さんがとても熱心に祈っていたので、何をお願いしているのか―、誰か好きな人のことを願っているのかと」
 そこまで言い、美空は真っ赤になった。顔だけでなく、身体までもがカアッと熱くなるのが自分でも判る。
「ここは片恋にもご利益があるって専らの噂だから」
 慌てて付け足して、更に頬が朱に染まる。かえって余計なことを言ったようで、孝太郎に変な女だと思われたのではないかと不安になった。
「つまり何か、俺に誰か他に好きな女がいて、その女と両想いになりたくて、俺がここの絵馬堂に願掛けに通っていたと?」
 随明寺の絵馬堂は若い男女のひそかな逢引の場所として知られているだけではない。ここの絵馬に恋の願い事を記して祈りを捧げると、効験もあらたかだと云われている。殊に片想いしている相手に己れの想いが通じ、相思相愛の仲になれるという噂がある。
 果たして、その真偽のほどは確かではないが、ここに祀られている神さまが恋愛成就、縁結びの神として知られているのは江戸っ子なら誰でも心得ていることだ。

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