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たまゆらの棘

第2章 燃ゆる日々

「倫ちゃん!久しぶり!」アドニスのママは歓喜した。アドニスにはたまに顔を出していたが、最後に訪れてから一年近く経とうとしていた。
「まあ。本当にいつ見ても綺麗ね。」ママは倫の肘の辺りに触れながら、カウンターへ、エスコートした。藤原は奥のテーブルで旦那と談笑していた。
「倫、本当に藤原さんに貰われて良かった。」ママは倫の好きなカクテル、オレンジブロッサムを作り、勧めた。
「ママ、ありがとう。」
「でもいつか、藤原さんが倫をもらうと言い出すの…ずっとわかってた。」ママは目を潤ませて言った。「え…?どうして…」
「…どうして?…どうしてか聞きたい?」ママは少しもったいぶって言った。「聞きたい!ママ、どうして?」倫は興味深く聞いた。「…うーん。…言っていいのかな?藤原さん、いくつになったのかしら?」「…確か、四十七だと…」「そう、」ママは遠い目をした。「ねえ。教えてよ。どうして藤原が僕を…」
「他言無用。守れる?」「守れるよ。」倫は言った。
「そうねえ…もう二十年経つのね…」ママは思わせぶりに話し始めた。「藤原さんの奥さん、若くして死んだの。病気だったわ。…倫…あなたにそっくりだった。」
倫は衝撃を受けた。倫は驚きとショックで戦慄いた。
「ママ…ごめんなさい、」倫はまだ飲みかけのオレンジブロッサムを残してふらふらとカウンター席から立ち上がった。
「倫?」ママはここにきて言ってはいけなかったかもしれないと悟った。
倫は青白い顔で店を出ると、新宿の街をさ迷った。藤原が倫の様子がおかしい事に気づき、後からついて来ていた。しばらく黙って後を追っていたが、倫が男に声をかけられたので、藤原は急いで言った。「倫!どうした!」藤原は倫の腕をつかんだ。男はなんだとばかりに逃げて行った。倫は立ち止まった。「何でもない。何でも。」蒼白な顔で倫は藤原に言った。藤原は「帰ろう、倫。」そう言って、ただならぬ様子に車を回してきた。助手席で倫はひとことも口を利かなかった。藤原の頭の中は、突然元気を無くした倫の理由を考える事で必死に動き回っていた。どう考えても自分が何かしたようには思えない。ママと飲んでいたのだ。倫は。ママと…ママから何か聞いたか?だとしてもとにかくマンションに帰る事が先決だった。
話しはそれからだ。

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