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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第7章 溶けてゆく心

「泉水、俺がこれまでしてきた恋は皆、中身のねえ、薄っぺらなものだった。心の通ってねえ、徒花のようなものだ。むろん、本気で想いを寄せてくれた女もいるにはいたが、俺の方は、端からいっときの遊びと割り切っていた。今から思えば、随分と空しい恋―、いや、あれは本当は恋とは呼べる代物じゃねえ、つまらねえ生き方をしてきたもんだと思う。お前と出逢って、俺は初めて本物の恋を知った、真剣に女に惚れた。本物の恋を知った時、俺はもう他の女は要らねえと思った。お前以外の女なぞ抱く気にもならねえ。俺の欲しいのは、抱きたいのは泉水、お前一人なんだ。もっとも、俺の今までの良いか加減な生き方を見てりゃア、そんな殊勝な言葉も所詮は女の口説き文句の一つだと思われても仕方はねえがな」
 随分と淋しげな声は、かすかに聞こえる雨音に紛れるほど小さかった。
 その整いすぎるほどの横顔は、泉水でさえハッとするほどの孤独の翳りに覆われていた。
 泉水の心が鋭い針でで突かれたように痛む。それでも。
 いかほど泰雅が自分一人を求めていると言ってくれても、泰雅の子を他の女が生んだという事実は消せない。泉水の居場所は、もう泰雅の傍にはない。
「泉水、俺の話を聞いてくれ。そなたは何か勘違いを致しておるようだが、あれは違うんだ。母上の屋敷におる女は、私の側妾ではない」
 泉水の想いを見透かしたかのような言葉だ。
 泉水は淡く微笑んだ。
「そのことなら、もう本当に良いのです。どうか、私のことはお気になさらないで下さいませ。殿には新しくお守りになるべきご家族がおできになったのですから、これからは、和子さまやその母君のことだけをお考えになって下さい」
 ふいに、泰雅の声が大きくなった。
「待て、一人で勝手に何もかも決めてしまう前に、俺の話も聞いてくれぬか。今日はその話をするためにきたんだ」
泰雅が泉水をひたと見据えていた。燃えるような眼で見つめられ、泉水はそっと眼を逸らした。
 こんな眼で見ないで欲しかった。こんな熱いまなざしを向けられたら、余計に泰雅を忘れられなくなる、離れがたくなってしまう。
 泰雅は熱を帯びた瞳とは裏腹に、静かな口調で続けた。

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