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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第34章 涙

「いや、こいつは、あっしの言い方が悪うござんした。あっしは何も旦那が恨まれるほどのことをしたと言ってるわけじゃありやせん。ただ、その線からも下手人を探る手がかりは色々とあるんじゃねえかと、こう読んだわけで。むろん、その他のことも調べました。旗本奴であったから、その昔の怨恨絡みかと思ったが、その頃にやったことは確かに町の衆が多大な迷惑を蒙ってはいるものの、強請りたかりの、言ってみりゃア、若気の至りでしでかしたと笑って済ませられるようなことばかりでした。今は旦那は改心して真っ当な暮らしをなさっている。この長屋の住人はむろん、誰に訊いても秋月さまを悪く言う者はいねえ。そこで、俺は不信に思ったんです」
 勘七の眼が鋭く光った。そうなると、普段はどこから見ても穏やかな好々爺にしか見えない小柄な勘七が急に圧倒的な存在感を持ってくる。流石に極道たちから畏怖されているだけの十手持ちとしての迫力があった。
「それで、あっしは今度はお内儀さんの身辺を調べさせて貰いやした。ここの長屋の連中は、お内儀さんが旦那と一緒に暮らすようになったのは三月ほど前だと皆、口を揃えて言いやす。とんと女っ気のなかった旦那の許にある日突然、天女のような別嬪が押しかけてきて、夫婦同然に暮らすようになったと。だが、誰もお内儀さんが一体どこから来なすって、元はどのような暮らしをしていたのか知らねえ。あっしは、それがどうにも妙に思えましてねえ」
 勘七はそこで言葉を止め、小さな息を吐いた。

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