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O……tout……o…

第1章 おとうと

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『葵さんと仲良くなりたかったら、だったらバイトで一緒になればいいかなぁって……』
  あの時の、あのタカシのひとことに、当時の寂しい想いが、心の海の深い底へと沈めることができたのである。

 その後、ようやく大学と日常生活のお金の面でのある程度の安定ができ、そして今度は就職活動、就職と年月が進んでいった…
 その間も、色々とタカシには癒され、付き合いも続いていく。

 当時からタカシにはワガママな面が多々あったのだが…
 過去から続く心の傷を抱き続けていたわたしにとっての、暗い心のトンネルを唯一照らしてくれる明るい光明的な存在といえたし、甘えられることによってその傷を舐めてもらえる心地よさの方が強かった。

 それにタカシはある意味お坊ちゃん育ちであったから…
 金銭面的な甘え等がなかったのも長年続いた理由のひとつでもあった。

 ただ、どうやらタカシの方には『法科大学院生』という名目はあるものの、実情は何度も司法試験に落ち続けている『司法浪人生』という引け目の劣等感から、最近は甘えというより、社会人として一歩先に生きているわたしに対しての『ひがみ』的な想いが見え隠れしているように感じていた…

 それにそんなタカシの存在と存在感は、わたしの永遠に続くであろう心の傷をえぐるようなことは未だになく…
 わたしには本当に癒し的な大切な存在感として、こうして関係が続いていた。

 ただ…
 わたしにタカシとの将来の絵は浮かばないし、彼からも、未だにそういった類いの言葉、会話等はない。

 いや、お互いに、そのことには触れないようにしているみたいに…
 わたしには感じられている。

 そして、この一週間振りの彼からのLINEに…

 わたしは…
『いいよ、待ってる』と返信した。

 だってこの不意の…
 弟から、いや、義弟からの『結婚式招待状』という、予想だにしなかった、ううん、もう縁を断ったはずの存在からの突然の報せに、激しく騒ついてしまっているわたしの心の荒波を鎮め、癒してほしいから。

 そして心の傷を舐めて、撫でてほしいから…


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