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コーヒーブレイク

第4章 十字架を背負うとき

たとえ私服だったとしても、私の正体はすぐわかったのだと思う。

受付係は親類の人だった。
たちまち怒号と罵声を浴びた。
暴力沙汰の寸前だった。

斎場の人が仲裁に入り、このまま帰るように勧告された。

頭を下げて退出しようとしたとき、
「待ちなさい」
と声がかかった。
喪主である父親だった。

「このお嬢さんに罪はありますか?」

静かな声だった。

表面的には静かになった通夜の場。

線香を手向け、合掌する。

心が押しつぶされそうになる。

それでも、気づいた──遺影がない。

恐らくは、喪主が一時的に隠しているのだろう。

なぜ?

答えは一つしかない。

私が、記憶に刻むことをしないように。
私が、早く忘れてしまうように。

こらえていた涙が溢れた。

そっと、肩に手を置かれた。
喪主の父親だった。
なにか、唱えている。

衆生無辺誓願度。煩悩無数誓願断。法門無盡誓願知。仏道無上誓願成。

善も悪もなく、あらゆる者を、許し、救うために精進します。

そういう誓いの宣言だと、あとで知った。

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