
デリヘル物語
第2章 take2
……と、あの日僕は思ったんだ。だからあの時
僕はゆっくり立ち上がると、24ビートに限りなく近いテンポの心臓の鼓動を感じながら、玄関へと向かった。そして、諦めムードでドアを開けたんだ、自分の部屋のドアをがちゃり、と……。
僕が扉を開けると、目の前には中年男性と若いじょせ…………えっ、違う。
僕はそこで再びはっとなった。
なぜなら、そこには、中年のおっさんしか立っていなかったんだ……いや、よく見ると中年とまではいかない、二十代後半から三十代前半ぐらいのあきらかに先程の高橋中毒者とは別の男が立っていた。そして若い女は、影すら無かったんだ。
今までにない展開に、僕はドアノブを持ったまましばらく呆気にとられていた。すると男がそんな僕の事を気にする事もなく「あ、お兄さん、こんな時間に悪いんだけど、ちょっといいかな――」そう言ってスーツの内側のポケットから名刺を出すと、それを僕に差し出した。
男に渡されたその名刺には大きな字で『谷崎俊樹』と名前らしきものしか載っていなかった。
「と言うか、こんな時間じゃないとなかなか売れなくてね……」男は右手に黒くてミドルサイズのキャリーバッグを持っている。どうやら何かをセールスしにきたようだった。
普段の僕なら……と言うか、もしもこの男でなかったら、おそらくそっこうで扉を閉めるか或いは、てきとうな言い訳をして即座に帰らしていただろう。でも、そうはさせない得体のしれない不思議な魅力のようなものがその男にはあった。
「え、何がですか?」と、僕は思わず男に尋ねた。
「いやぁね、そんなたいしたもんじゃないんだけど、でもお兄さんならきっと欲しがると思ってね……」そう言って男はおもむろにしゃがみこんで右手に持っていた黒いキャリーバッグを開け始めた。
「ほら、これこれ」男は再び立ち上がると手に何かを握りしめていた。「これ、めちゃくちゃいいから……」
「なんですか、それ?」僕はそう言って男が持った物体をまじまじと見つめた。
「え、わかんない……?」
なにやらその物体は白っぽくてドライヤーのような形をしている。「ドライヤーですか、それって……?」僕は再び尋ねた。
「ぷっ……お兄さん、顔に似合わず面白い事言うね~」と男はニヤけながら言った。
