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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第1章 邂逅~めぐりあい~

【邂逅~めぐり逢い~】

 莉彩(りさ)は所在なげに周囲を見回すと、そっと小さな溜息を落とす。先刻からもうこれで幾度めになるか判らない無意味な動作―腕時計を覗き込んでは時間を確認するという―を繰り返した。
 それでも、まだ慎吾は来ない。莉彩は今、小さな橋のたもとに立っている。名前さえ知らないささやかな流れの上に掛かる、これまた小さな小さな橋。ここは莉彩の住んでいるY町でも外れで、人通りも多くない。というよりは、はっきり言うと、昼間でも人影のあまり見当たらない寂れた場所だ。
 そんなところでも、たまに犬を散歩させている老夫婦だとか、幼い子どもを連れた若い主婦などが通り過ぎる。別にその人たちが莉彩を特に気に留めているわけではないのは判っているのに、何故か、自分が白い眼で見られているような気がして居たたまれない。
 人は自分が考えているほど、自分のことを見てはいないし、気に掛けてもいないものだ。そのことを判っているつもりなのに、自分の傍を通り過ぎてゆく人が
―あの子、彼氏に待ちぼうけを食らわされてるんじゃない?
 などと、意味深に語っているような気がしてならない。
 流石に腕時計を見るのは止め、今度は丁寧に結い上げた髪に触れてみる。莉彩は腰まで届くロングヘアで、普段は解き流していることが多いのだけれど、今日は後頭部で一つにまとめ、シニヨンにしている。あまりごてごてと飾りをつけるのは好きではないので、少し大ぶりの簪を一つ。
 これは、莉彩の父が韓国旅行の土産に買ってきてくれたものだ。ゴールドの簪の先に、アメジストがあしらわれている。色は淡い紫、幾つかの小さな玉が集まって可憐な花を象っている。
―パパ、これって一体、何の花なの?
 莉彩が訊ねると、父は笑いながら言った。
―よく見てごらん。ライラックの花の形をしているだろう?
 父はごく平凡な商社マンで、日本では結構名の知れたアパレルメーカーの営業部長をしている。韓国に行ったのは、社員旅行のようなもので、件(くだん)の簪を見つけたのは町の露店の店先であったという。あまり高いものではなかったのだが、何故か、その簪を見た瞬間、いざなわれるように手に取っていたそうだ。

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