無料で楽しめるちょっと大人のケータイ小説

　10　今夜…

「で、いつが良いのかしら？」

「急なことなのは分かりますが、できれば今夜とか…」
　
「えっ、今夜？」
「は、はい…そうなんです」
「またそれは急なお話しねぇ」
「すいません…実は…」
　…彼女の両親がアメリカ在住で、帰省の為のチケットを明日の予定で取ってあるというのだ…

「そして彼女は本日付けで退職予定でして…
　急遽わたしが間を取り持ったんです…」

「その退職理由はやはりアレなの？」
「はい、そうなんです…」

　旧態依然の社風に嫌気が差しての退職理由なのだそうである…
　そして有給消化中のせいでリストから漏れていたそうである

「ダメですかねぇ…」
　それは今日の今夜なのであるから、彼女的にも重々無理は承知の筈なのだが、そんな無理を押してまでこう言ってくるのだから外れな人材な訳がない…

「うん、まあいいわ、わたしも今の処今夜の予定も無いし…」
　そうわたしが言うと…
「ええっ、やったぁ」
　と、いつもの彼女の笑顔が蘇り、満面の笑みを浮かべてきたのである。

　そう、実はさっき、大原本部長からメールがきていたのだ…

　それは…
『急遽、今から松本副社長の誘いで二泊三日のゴルフに出掛けることになってしまった。
　夜に電話する。』
　というメールであった。

　そのメールは今夜からの大原本部長との逢瀬を楽しみにしていたわたしにとってはショックなメールなのであるが、理由が仕方ない…
　それは、本社最大派閥の長である松本副社長から直々のゴルフの誘いなのである。

　サラリーマンの世界で、この誘いを断る訳にはいかないし、もしも、この誘いを断るという事は『自死』を意味するに値する様な事なのだ…
　そんな理由であるから、すんなり諦められたのだ。

　そして夜に関して、このお盆休みの出だしの二日間のわたしの予定は、ぽっかりと空いてしまったという事に等しいのである…

「じゃあ夕食も兼ねての面談でも良いかな？」
　そう越前屋に言った。

　明日から長期休暇のお盆休みな訳だし、わたし自身がなんとなく堅苦しい内容の話しにならない様にしたいと思ったのである。

「はい、面談をしてもらえるだけでもありがたいですし、嬉しいですから、ぜひそれでお願いします」
　嬉しそうに彼女は、そう言ってきたのだ。

　ひとまず今夜はさほど寂しくはならなそうである…