
小さな花
第3章 Saliva
昼間、お弁当を買いに来たシンくんに約束を取り付けた。
バイトが終わって一旦帰り、タケちゃんに教わった通りばっちりメイクを施す。
「…よしっ!………よし、なのかな…?」
鏡を見れば見るほど不安になって来た。
待ち合わせのお店で、シンくんはすでに飲み始めているはずだ。
ガラリと戸を開けると、奥のカウンター席でシンくんが片手をあげた。
なぜか口角があがる。
いつもと違う私に、気付いてくれるだろうか…。
「大将、ビールもらえる?」
シンくんは私の分を注文したあと、私の顔をチラッと見て訝しげな顔をした。
結局、メイクについては何も触れないままお酒が進む…
…
「似合わないし」
帰り道、やっと言われた一言がそれだった…。
大人っぽく見せたくてメイクしたけど、やっぱり駄目だった。
そう簡単にシンくんが褒めてくれるとは思わなかったけどさ…やっぱりへこむ。
「…むぅ。」
「そんなことしなくてもお前がちゃんとオトナってこと、俺知ってるけどね」
「えっ?」
「ひざ舐めただけで、ちょっと感じてたろ?ククッ」
瞬時にあの夜の出来事が浮かぶ。
やっぱりシンくん、覚えてたんだ。
そして心では笑ってたんだ…――。
「っっ…――ほんっとに…、シンくんって意地悪!!!」
恥ずかしさと悔しさで涙がこみあげた。
シンくんの目をキッと見つめて言い放ち、ずんずんと早足で進む。
シンくんは一瞬驚いた顔をしてから、私を追いかけてきた。
「ごめんって。忘れるから」
「…」
「無視すんなよ」
「…」
「ん。また転ぶぞ。そんな早く歩いたら」
シンくんが手を差し出す…――。
黙って手を重ねると、ぎゅっとしっかり握られた。
初めてつないだその手は大きすぎるほど大きくて、少し冷えていた。
「嫌でも年は取るんだから、わざわざ老けさせるこたねぇだろ(笑)」
アパートの階段をのぼりながらシンくんは笑った。
「だって。」
「彼氏が老け顔好きとか?」
「かっ彼氏じゃないしっ…そんなこと言われてない」
「ふーん?ククッ。ほら」
玄関に着き、持ってくれていたバッグを手渡される。
離したくなかった、握られた手を離す。
