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その恋を残して

第5章 それは、おとぎ話だ

    ※    ※


「おはようございます」

 次の朝に会った蒼空は、それまでと変わらずに俺に笑顔を向けていた。

「あ、うん……おはよう」

 だが、それに対する俺の様子は、明らかに二日前とは違っていたのだろう。それを蒼空に感じさせぬよう、表層を飾ることさえできてはいないのだろう。

「さあ、行きましょうか」

 そう促され、俺たちは学校に向かう。

 蒼空の存在を傍らに感じながら――それは、嬉しいことであるはずなのに――今は、そのことが辛い。蒼空に不安を与えてはいけない。そう思えば思うほどに、彼女にかける言葉が見当たらない。

 なにか言えば自分が不誠実な人間になってしまう、そんな気がしていた。

 俺は誠二さんの話を聞いてしまっている。それは、沢渡さんから聞いた話とは違うもの。そして、違っているのは事実ではなく、考える方法だったのだ――。

「怜未のこと――」

 蒼空が、その名を口にするのを聞き、俺はギクリとしている。しかし――

「怜未のことを気にしてるのなら、どうか焦らないでください。あの娘、少し意地っ張りなところがあるから――」

 蒼空は、元気のない俺を案じてくれたのだろう。一昨日、自分が言ったことを、俺が重荷に思わぬように、そう言ってくれたのだ。蒼空は、俺と怜未が心を通わせることを望んでいる。

 だから、その望みを叶えられるのかは、わからなくても、俺は怜未と向き合うことを真剣に考えていた。しかし、誠二さんの話したことは――。

 俺はその全てが正しいとは思ってはいない。そうであるのだが、それでも――俺の考えを根底から、揺るがそうとしていることは確かであった。

「蒼空――」

「はい」

「俺……蒼空が、好きだよ」

 だから、俺は決して揺るがない、その真実だけを口にした。

「私も、です」

 そう言った蒼空は、綺麗だった。綺麗過ぎて、ともすれば現実のものなのか、俺にはわからなくなる程に。だから――


 おとぎ話――奇しくも誠二さんが表現した、その言葉を思い出させるのだ。

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