
兄弟ですが、血の繋がりはありません!
第5章 残したくても忘れるもの
「…どうして?」
「いいんだよ、もう。澪さんは俺なんか忘れて自分の幸せを探してよ。そのお金も自分のために使って」
本心だった。幸せになってほしい。
「…忘れられるわけないじゃない。悠は私が初めて好きになった人の子で、何より大切で、悠の成長が私の幸せなのに…忘れるなんてできないよ」
じゃあ、なんで。
言ってはいけない事だって分かってる。
だけど、
「じゃあ、なんで、その澪さんの初恋の人は今、澪さんの隣にいないんだよ。そいつがいないから、俺は澪さんを、」
『母さんって呼べないんだろ』
最後だけは苦しさから言葉にならなかった。
だけど目の前の彼女は傷ついた顔で涙が溢れるのを必死な顔で堪えてる。
俺がさせた、顔だ。
「・・・ごめん、なさい」
それだけ言って、財布から乱暴に出した1000円札を置いて逃げた。
「悠、待って、ねぇ、悠!」
あの顔が頭から離れない。
***
店から駅に向かって全速力で走った。
なんであんなこと言ってしまったんだろう。
頭がグラングランする。気持ち悪い。
仕方なく駅のトイレで吐いた。
さっきのパスタが胃からなくなって、胃液さえも全部なくなって。吐く物がなくなって。
それでも、吐き出したい衝動は治まらない。
「う、ぅえ…っぇ、ぇ」
嗚咽と、涙とが止まらない。
ふと昔の記憶が脳裏を過ぎった。
幼い頃、今と同じように吐く俺の背中を優しく摩ってくれたのは、誰?
顔がぼやけてよく見えない。
だけどその手は温かく、安心したのは覚えてる。
誰、だったっけ・・・。
***
手足が震えて立つことすら大変だったけど、2人の兄には心配をかけたくなくて。
なんとか吐き気も涙も止めて、トイレを出た。
あまり早く帰ると怪しまれるから、家までは電車に乗らず歩いた。家に着いた時には日が沈んでいて。
「ただいま」
と、いう声に、2人分の
「おかえり」
が帰って来たことに何より安心したんだ。
