オオカミは淫らな仔羊に欲情する
第10章 新天地・東京へ
ここは東京都大田区東海にある
東京都中央卸売市場
(大田市場(しじょう)。
千尋義兄さんが紹介してくれた珠姫さんの営む
喫茶店”マーケットカフェ”は、
場内の関連事業者棟の中にある。
青果と鮮魚のセリが終わる時間を見計らって
正面出入り口のドアにかけているプレートを
”CLOSE” から ”OPEN”に変えると、
しばらくして、心地良いカウベルの音と共に
常連の皆さんが来店する。
まず、初めは ――、
「チーっす、おはよ、あやねちゃん」
「おはようございます、辰夫さん」
開店早々来てくれるこの”辰夫さん”は、
大田市場のある
東海2~3丁目界隈を取り仕切っている
周防一家の組員さん。
一応やっちゃんだけど、全然怖くない。
「おはよー、絢音ちゃん。いつものお願いねー」
「おはようございます、周防さん」
次のお客様は、辰夫さんの上役の周防さん。
一家の親分さんの跡継ぎで ”若頭”って肩書が
あるって聞いたけど、毎日接している周防さんは
そんな偉ぶった感じなんかちっともない、
頼れるお義兄さんって感じの人。
「よっ。絢音ちゃん。今日もいいお尻してるね~」
って、入ってきた時、いつも私のお尻を触って
行くのが海鮮物の仲卸業者のご隠居・佐久間さん。
「このエロ爺、いい年してサカってんじゃねぇよ」
って、佐久間さんのすぐ後ろから入って来たのが、
酒屋の完ちゃん。
偶然、同じ京都出身で、私がこのカフェで働き始め
一番最初仲良くなったお客様。
皆さん、年令も仕事もバラバラだけど、
毎日決まった時間にご来店 ――、
忙しない午前中のひとときをこのカフェで
過ごしていってくれる。
「―― りっちゃーん、そろそろ学校の時間よ」
これは、私を雇ってくれたこのカフェのママ・
珠姫さん。
「はーい」
彼女は、派遣切りでかなり凹んでいた
私に仕事をくれただけじゃなくて ――、
「気ぃ付けてねー」
「いってらっしゃーい」
「はーい、行ってきます」
上京した時からほとんど諦めていた高校への復学を
後押ししてくれた。
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